空前絶後のカンペンブームが、わたしたちの間に巻き起こっていた。
有り体に言えば、親に買ってもらった鉛筆を6本差せる箱形筆入れから、自分で選んだカンペンケースへのダイナミックな乗り換えである。
時代は昭和50年代半ば、西暦で言うと1980年代初頭の話だ。

中学生になり、服は親に適当に買ってもらった服から、制服に代わった。
鞄はぼろぼろだったランドセルや親が適当に用意した手提げ袋から、ぴかぴかの学生鞄に代わった。
靴は学校指定だったが、ズックではなく紐靴に代わった。

だったら、学校で使う文房具だって、中学生らしく自分で選び、変えるべきだろう──わたしの目は通っていた中学校のすぐ脇にある文房具店に向けられていた。
親が適当に買ってきていた束ノートは、コクヨやマルマンのルーズリーフに。
謎の募金や寄付の名入れが施されていた鉛筆は、三菱やオートのシャープペンシルに。
そして筆入れもいま流行のカンペンケースに──とここまで書いて、記憶の糸を手繰り寄せていたわたしは、雷に打たれたかのようにキーボードを打つ手を止めた。

そうだ。
思い出した。
いちばん好きだったカンペンケースは、中学のとなりの文房具店で買ったものではない。

『機動戦士ガンダム』というテレビアニメーションがあった。
1979年に放送が開始されたが、視聴率の低迷と玩具の販売不振に伴い放映期間が短縮され、その後アニメファンの熱心な嘆願によって再放送が全国で行われた作品だ。

放映が終了してから一年と三ヶ月──1981年3月にガンダムは劇場版として蘇った。第1話から第14話までという全体の三分の一に満たない総集編として上映された本作品こそが、空前のガンダムブームを巻き起こす発端だった。
同年7月に第2作「哀・戦士編」、翌1982年3月に最終作「めぐりあい宇宙(そら)編」が上映され、ガンダムはファンのみならず日本じゅうに知れ渡る存在となった。

わたしは1981年と1982年の二度に渡り、ガンダムカンペンケースを購入している。その印象が強すぎて、これ以前にどんな筆入れを使っていたのか思い出すことができない。
イラストは1982年に購入した二代目だ。本当は初代のカンペンケースを描きたかったのだが、詳細が分かるのが二代目のほうだけだったので、年代だけ初代購入の1981年とさせていただいた。
初代のカンペンケースは、母親に無理を言って東京まで連れていってもらい、新宿御苑駅前にあったアニメグッズ専門店・アニメック本店で購入した。
当時、わが街 浜松にアニメックはなく、アニメックのオリジナル製品であるガンダムカンペンケースを購入できる店は他になかった。
アニメック本店でカンペンケースの他に消しゴム、定規、下敷き、ノート、あと文房具ではないがトレーナーを購入した記憶がある。絵柄はすべてガンダムのパイロットである主人公アムロ・レイだった。
二代目のカンペンケースは、劇場公開時にパンフレットといっしょに映画館で購入している。

ガンダムペンケース、実は特に機能と呼べるものはない。

鉛筆が入る細長さと鞄の隙間に滑り込むことができる薄さが、特徴と言えば特徴だろうか。
中にはスポンジの敷物が入っていて、開いた右側の縁を覆う形状になっている。これは消しゴムを左に、中央にシャープペンシルを配置した場合、そのスリーブの先端を保護するための工夫だ。

幅はペンが4〜5本入る程度で、一般的なものよりスリムだ。5本だとぎっしりで、太めのペンだと4本が限度になる。また当時50円だった小サイズの消しゴムが、メーカーによって蓋が浮いたり新品の状態だと幅方向に入らなかったりすることもあった。もしかしたら、いっしょに販売されていた消しゴム(スリーブにガンダムの登場人物が印刷された、正方形に近いサイズの少し薄い消しゴム)を基準に設計されたのかもしれない。

初代は全面がつるつるの塗装で凹んだりして傷つくとすぐ塗装が割れ剥がれてしまい、それが嫌で全塗装をヤスリ掛けしてはぎ取ってしまったが、二代目は梨地の無塗装でイラスト部分だけカラーが乗り、凹みにも強く使用中に塗装が剥がれることもなかった。

結果として、ガンダムカンペンケース(特に二代目)は優秀なペンケースだったのだ。

アニメグッズでありながらカンペンケースが300円という普及価格だったことも、中学生には重要なファクターだった。
学校で自慢した記憶もあるが、実際はガンダムを理解している一握りの友人だけが頷いてくれたのだろうと思う。カンペンケースそのものは、もちろんクラス全員が当たり前のように持っていたのだから。
自分の中でガンダムの存在が小さくなっていく高校入学までの間、ガンダムカンペンケースは常に最前線で活躍してくれた、まさしく戦友のひとりだった。

カンペンケースという製品自体は現在でも販売されているし、児童生徒の間ではペンケースの選択肢のひとつとして残っている。
現在は機能的に進化したペンケースや、素材の面白さ、また大量にペンを持ち歩いたり、逆にミニマムに大切なペンを守る細身のものがあったりと、ペンケースのバリエーションが豊富になった。故にあえてカンペンケースをチョイスするひとは少数派かもしれない。

ただ、カンペンケースにノスタルジーを感じているのは大人の勝手じゃないか、とも思う。

今も昔も、シンプルな形状と自己主張の強い絵柄、そして何より「もう子供じゃないんだから、ペンケースくらい自分の好みの絵柄のものを買う」という行為そのものが、カンペンケースの魅力だと思うから。
懐かしいと言うには、まだ早いのだ。