森市文具概論

【ブンボーグ・メモリーズ’80s】ロットリング アルトロ

  • 2018年02月16日

ロットリングというメーカーに憧れていた。
学生時代、行きつけの画材店で必ず見るロットリングの棚は、毎日でも飽きないものだった。
特にイソグラフと呼ばれた製図ペンは、線を引く喜びを知りつつあったわたしを魅了した。
しかしながら、わたしは製図を生業とするものではない。漫画を描きたいだけの大学生だ。イソグラフは洗浄を伴うメンテナンスが必要で、ズボラな自分にはぜったいできない。毎日インクを抜いて洗浄するなど、どの世界線のわたしでもするものか。
それでも、わたしの中でロットリング社は最高の製図用品メーカーとして、永らく君臨を続けることになる。

ある日、そのロットリングの棚に、見慣れぬペンがあることに気づいた。
ロットリング・アルトロ
それまで見ていたイソグラフや製図用のシャープペンシルたちとは、まるでルックスが異なる。

言い方は悪いが、芋虫のような段々のついたデザイン。
言い方は悪いが、安っぽくて変色しそうな樹脂のボディ。
言い方は悪いが、製図ペンのような顔をしていながら正体の掴めぬペン先。
言い方は悪いが、赤いリングが挟まっていなければぜったいに買わなかっただろう筆記具。

それがアルトロだった。
そして、わたしはアルトロを購入した。
なぜか?
理由はひとつしかなかった。
ロットリング社の製品としては安かったからだ。
定価は1,000円だった。

アルトロは、インクペンである。
インクカートリッジからダイレクトに、インクがペン先に出てくる。
原理は万年筆の始祖と言われる「中空パイプ式万年筆」と同様であり、ロットロングを代表する製図ペンであるイソグラフとは兄弟のような関係である。
ただ、それら製図ペンとアルトロの決定的な差は、インクの流量だ。
製図ペンは決められた幅の線を確実に引くための道具であり、インクフローは一定でなければならない。対してアルトロは筆記具であり、雑に扱ってもかすれや詰まりを起こさないようフローは潤沢になっている。

万年筆のようなペン先の柔軟性はない。
製図ペンのような正確無比な線は引けない。
水性ボールペンほど滑らかではない。

だが、購入したアルトロのMは、やや立て気味にして書くことさえ忘れなければ、たっぷりとインクが紙面に染み出していく。その様が、実に気持ちいい。
今に続く「紙にインクが染みていく快感を味わいたい」という感情は、この時知ったものだった。

わたしはしばらく、アルトロを使ってメモを取るようになった。
何か考え事をする際、この頃のわたしは常にAmpadのイエローリーガルパッドを取り出し、とにかく何でも書いた。
メモの時もある。落書きの時もある。走り書きで、あとで読んでもわからないようなものもある。かと思えば、最初から報告書のようにがっちりと文面を書き出すこともある。
授業はノートに取るのが常だったが、創作関係のメモはみなイエローリーガルパッドに書いていた。自宅だけでなく、大学にも持っていき、暇があればレターサイズの黄色いパッドを取り出し、メモを取る。
その際にいつもそばにいたのが、アルトロだった。
相手がざらざらした粗悪な紙であればあるほど真価を発揮するインクフロー、長いが軽くて取り回しのしやすいボディ、そしてなくなれば文房具店で比較的容易に入手できるヨーロッパ互換のショートカートリッジ。
アルトロは、いつしか当時のわたしになくてはならない筆記具となっていた。

大学の仲間からは、変わった筆記具を使っていると思われていた。文房具に何の関心もない彼らに、わたしは「気持ちよく書くこと」を説いて回った。
「いつも同じノートにシャープペンじゃつまらない。たまにはこういう、インクがどばどば出て紙にがんがん染み込んでいく筆記具を使おうよ!」
友人たちはわたしの手からアルトロを受け取り、いくつかの文字をイエローリーガルパッドに書き、そして不思議そうな顔をしてまたアルトロをわたしに返す。
インクが紙に染みることの、どこがそんなに楽しいのか?
彼の顔にはそう書いてあった。
私はそんな彼に、笑顔で親指を立てて見せるのだった。
「楽しいに決まってんだろ!」

そんな愛用していたアルトロだが、わたしは大学の寮から会社の寮に引っ越す際に、あっさりとそれを紛失している。
あっけない別れだったが、人生なんてわりとそういうものかもしれない。
それから四半世紀が過ぎ──古文具として、アルトロは手元に戻ってきた。偶然ながら、武蔵小金井にある古文具専門店・中村文具店にて購入が叶ったのである。
帰宅して、いそいそと新しいインクカートリッジを装填した。またあの書き味を楽しめる! と思った矢先に──机から落下したアルトロを椅子のキャスターで轢いてしまい、軸がばりばりに砕けてしまった。
もう、手元のアルトロは筆記具としての役には立たない。
またどこかで、あの書き味に出会うことはできるだろうか。
また親指を立ててドヤ顔をする機会はやってくるだろうか。