Switchのカートリッジが世界一苦いという話

3月の発売以降未だに品薄が続き、子供が買えず泣いてる、転売屋大もうけ、抽選販売で販売店に不正があった可能性が…だの、いろいろとかまびすしい『Nintendo Switch』界隈である。
子供が買えないどころか、いい大人である僕も買えてない。そろそろ「転売屋の指の爪に、Switchを1台売るごとにまち針を一本刺す法」の施行が待たれるところだ。

ところで『Nintendo Switch』には、発売時からひとつ話題になっていたことがある。
ソフトのカートリッジが小さすぎるので、幼い子供が誤飲しないように世界一苦い物質が塗ってあるというのだ。
その情報が出回った当時、カートリッジを舐めて顔をしかめる友人知人たちの自撮り画像がTwitterやFacebookのあちこちで大量に表示され、こちらは舐めても無いのに苦々しいやら羨ましいやらの思いで眺めていた記憶がある。
(「switch 苦い」などで画像検索すると、頭の悪そうな大人の顔芸がいっぱい見られる)

「Switch 苦い」画像検索の結果。いらすとやの仕事の巧みさが光る。

どうやらこの苦み、「安息香酸デナトニウム」という物質によるものらしい。
安息香酸デナトニウムはギネスにも「世界一苦い」と記載されているもので、なんと10億倍に希釈しても苦みを感じるほど苦い、という(同じく苦み成分としてお馴染みカフェインは、1000倍希釈で味が消える)。
しかも、それほど苦いにもかかわらず人体には影響が無いので、このようにおもちゃなどの誤飲防止目的に使われているらしい。

世界一苦い物質が人体に影響が無い、というのも飲み込めない話だが、まぁ「拷問具としてはライトな方だから大丈夫だよ、たぶん」ということではないか。
そして、この安息香酸デナトニウムを使った誤飲防止剤は、普通に通販で買えるのだ。拷問具業者がアイアンメイデンとかトゲ首輪と一緒に売ってるんだと思う。

これが通販で届いた安息香酸デナトニウム(苦味成分)配合の爪コート剤。米国からの直輸入品という辺りも「さぞ苦かろう」という期待感につながる。

相変わらずSwitchは買えないが、世界一苦い物質は気になる。ということで安息香酸デナトニウムを配合した「子供の爪噛み・指しゃぶりを防止するための爪トップコート剤」を購入してみた。
他にも同様の商品はいくつかあったのだが、このトップコート剤は、購入者のレビューに「これを塗った手で米をとぐと大変なことに」とか「昼寝時にうっかり指をしゃぶった子供が号泣して飛び起きた」などゾクゾクするいいコメントが多数あったのが選ぶ決め手となった。

ところで誤飲防止と言えば、小学生の頃、周りには鉛筆を噛むタイプの子と噛まないタイプの子がいた。授業中もなにかソワソワ落ち着かないような子はだいたい噛むタイプで、もちろん僕は噛むタイプである。
鉛筆の軸は主にインセンス・シダーというヒノキの一種が使われている。インセンス=香木というぐらいで、噛むと独特の芳香が口の中に広がり、なかなか悪くないのだ。(今回改めて噛んでみたが、鉛筆、旨いな)

しかし、鉛筆にデコボコの歯形が付いて見た目も悪いし、なによりお行儀が良くない。
実は鉛筆にこそ、誤飲誤食防止の処理を施すべきではないのか。
…という建前のもと、安息香酸デナトニウムを舐めてみたくて鉛筆に塗ってみようと思う。

苦い鉛筆はどれぐらい苦いのか

まずは表面に塗装のない鉛筆を、さらに紙やすりをガリガリかけて木肌を荒らす。

これは薬剤の染み込みアップを狙ってのことで、けっして鉛筆メーカーに怒られないよう表面のメーカー表示を削り取ったとか、そういうことではない。けっしてだ。
で、例の安息香酸デナトニウム配合の苦ぁぁいトップコートをベタベタ塗布して乾燥させる。以上、完成。

テラテラと輝く苦味。

今回は文具改造と名乗っていいのか悩むほどの低燃費作業である。
でももう作業が終わっちゃったので、これ以降は主に44歳の大人の顔芸がメインコンテンツとなることをご了承いただきたい。

鉛筆を使ってお勉強するよ(…という体で苦いの舐める心の準備をしている)
集中してついつい鉛筆を噛む(…という体でエイヤ!と心を決めて噛む)
「うぉごぇへ!」

なるほど、苦い。というかどちらかというと「口の中が不快」という表現が正しい気がする。
苦いんだけど、えぐ味と渋味も同時に広がって、ただただ不快。口の中がつらすぎて一刻も早く吐き出さないとヤバい、という状態である。
ここまでプリミティブに「死にそう」と思ったのは、社会人一年目で腐った豚肉にあたって朝まで一睡もできず身もだえていたら会社から「連絡なしで休んでいるみたいだけど何があったのか」と電報を打たれた時(まだ一人暮らし始めたばかりで固定電話を引いてなかった。携帯なんか存在しない頃の話だ)以来である。

44歳、ガチの涙目。

ともかく、あと数秒も口の中に入れたままだと、間違いなくちょっとした惨事になっていたはずだ。
上の”つらい顔”はセルフタイマーの10枚連写で撮影していたのだが、これでもまだ”比較的見られる1枚”である。他9枚はもっとつらいことになっており、公開したらとてもじやないが僕の人格が維持できない。
「子供が号泣して飛び起きた」レビューは嘘でもハッタリでもないと体感した。こんなもん、鉛筆を噛む癖のある小学生に噛ませたら、教室内に野良犬が飛び込んだ以上の騒ぎになること間違いなしだ。

こっちの鉛筆は甘いぞ

さて、世界一の苦味は体感することができた。もちろん、もう二度とごめんだ。
しかし人は苦味だけで生きるにあらず。「ビター・スウィート・サンバ」じゃないが、苦さと甘さがあってこそ人生も楽しかろうというもの。

ということで、甘い鉛筆も作ってみた。

まずは100mlほどの水に甘味料を飽和するまでぶちこむ。なかなか飽和せずどこまでも溶けるので、ビビる。

世界一苦い物質に対して世界一甘い物質を使おうと思っていたのだが、現時点で最も甘いとされている物質「ソーマチン」(植物由来のタンパク質。砂糖の2000倍甘い)は研究用に販売されているもので1gで6,000円と、冗談で使える雰囲気ではなさそう。
仕方ないので、次候補として砂糖の750倍甘い「スクラロース」配合の甘味料を使用することにした。

人工甘味料は砂糖と違ってベタつかないので、安心して重ね塗る。

この甘味料を飽和するまで溶かした水溶液を、苦い鉛筆と同様に表面をやすって荒らした鉛筆に刷毛で塗っては乾かし、塗っては乾かしを繰り返す。気分的には、手焼きせんべい職人に近い。今後は甘い鉛筆職人を名乗るのも良いかもしれない。

これで噛んでみて美味しいようなら、いっそ学校にシークレットで持ち込めるおやつとしての市販も考えられるだろう。

今回は覚悟ほぼノータイムで。
「あまうおぇっ!」

ダメだった。甘すぎる。甘気持ち悪い。
よく海外製の甘すぎるお菓子を食べたときにくる「脳がくわんくわん揺れる感じ」が、嵐のように激しく襲ってくる。あきらかな糖分過剰だ。うわーこれだめだー。

水を飲んでもなかなか甘みが消えない。たすけて。

結論としては、鉛筆は苦くても甘くても健康に良くない、ということでいいだろう。
あと、そもそも鉛筆噛むのも不衛生で健康に良くないので、苦くなくても噛まないほうがいいな。

※あとで調べたら、今回使用できなかった世界一甘い甘味料「ソーマチン」は、苦味を打ち消すマスキング作用もあるとのこと。世界一苦い鉛筆 vs 世界一甘い鉛筆はどちらが勝つのか、ちょっと気になってきた。やりたくないけど。