森市文具概論

【文房具キャスティング ~俳優としての文房具論】映画『イングロリアス・バスターズ』の「ペリカン・スーベレーン M400」(?)

  • 2017年07月14日

映画データ
映画『イングロリアス・バスターズ』
2009年11月20日日本公開
監督:クエンティン・タランティーノ
出演:ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロラン、マイケル・ファスベンダー、イーライ・ロスら
概要とあらすじ:1944年、ナチス占領下のパリ。ナチ親衛隊のハンス・ランダ大佐に家族を殺された映画館主のショシャナは、ナチス将校たちへの復讐計画を企てている。一方ナチを標的とするアルド・レイン中尉率いる連合軍部隊「イングロリアス・バスターズ」も、ヒトラー暗殺を企て、ナチ将校が集う映画館に潜入するが……。クエンティン・タランティーノ監督による戦争ドラマ大作。ランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツが第62回カンヌ映画祭男優賞、第82回アカデミー助演男優賞を受賞。上映時間2時間33分。

DVD情報 価格:1,429円+税 発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

■文房具キャスト
ペリカン「スーベレーン M400」
1832年ドイツで生まれた老舗万年筆ブランド「ペリカン社」を代表する万年筆が「スーベレーン」シリーズ。精度の高いピストン吸入機構、大ぶりで柔らかい14金のニブ、優雅で美しい縦縞模様を持ち、世界で最も有名な万年筆のひとつ。M300からM1000までサイズの異なるラインナップを揃える。


映画というメディアの特徴は、時間を作り手の意のままにコントロールできるところにあるという。本や絵画は受け手のスピード感で読めたり眺めたりすることができるし、音楽も、好きな部分を好きなだけ延長反復させるヒップホップ以降のDJカルチャーの登場以降、受け手にイニシアチブを渡してしまった。演劇にしても、生身の人間が目の前で演じている以上、映画ほど大胆に時間軸を操作することはできない。かくして映画だけは──特に劇場で鑑賞する時には──我々は映画の時間に付き合わざるを得ない。

となると、なるほど、映画の中でも一際「サスペンス」というジャンルが際立つ理由がよくわかる。厄災や破滅の予感をスクリーンいっぱいに滴らせながら、結末をサスペンド(宙吊り)し、後送りし、緊張感を高めて我々の注意を意のままに弄ぶ。その行く末を見届けようと息を止めて没入しているとき、我々は映画というものの本質に触れているのだ。

こうした映画の本質的快楽と文房具を見事に融合してみせた作品がある。2009年日本公開、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』だ。

1941年、ネチ占領下のフランスから始まる本作は、5つのチャプターに区切られている。その第1章、映画史に残ると言われているシークエンスは、見晴らしのいい丘の上に建てられた一軒の小屋が舞台となる。厳めしい髭を蓄えた男ラパディッド(ドゥニ・メノーシェ)のもとへ、ナチス親衛隊のハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)が部下を引き連れ訪れる。慇懃無礼な態度とクセのある笑顔で主人に挨拶し、ランダ大佐は小屋の中に招き入れられる。中にはラパディッドの美しい三人の娘がいる。父娘は明らかにランダ大佐を警戒し、それ以上に恐れている。

ランダ大佐はナチから潜伏して身を隠すユダヤ人たちを捜し出す“ユダヤ・ハンター”だった。この地で消息不明となったユダヤ人一家の捜索しているという。恐怖と警戒の入り混じったラパディッド親子の視線を意に介さず、勿体ぶった仕草で振る舞われたミルクを飲み干すと、娘たちを部屋から退出させ、黒いブリーフケースからファイルを取り出す。取り出した紙を机の縁に沿わせて並べ、扇型のインクボトルをテーブルの上にそっと置く(ペリカンのものに見える)。上着の内ポケットから小ぶりの万年筆を取り出す(ペリカンのスーベレーンM400に見える)。慣れた手つきで万年筆の胴軸を外すと、スポイトの要領でペン先からインクを飲ませる。手早く胴軸を戻す。一連の動作はとても滑からだ。書類に文字を書き入れる直前、ふとペン先を目線の高さに持ち上げ、一瞬、何かを見定めるように目を細める。勿体つけた己の仕草が与えるプレッシャーの効果を測るように。ふたりの男が対峙する部屋の足許、床板の下で息を潜めているユダヤ人家族の呼吸に耳をそばだてるように。

万年筆の事細かな使用手順が余すところなく映し取られ、その丁寧さと回りくどさが、じわりじわりと否応なく場面の緊張感を高めていく。最後には最も見たくなかった結末が訪れて第一章の結びとなる。実に濃密な20分──2人の男の視線の絡まり合い、死と破滅の通奏低音、部屋の小窓が切りとる緑の景色の目映さ、水を得た魚のようなクリストフ・ヴァルツの名人芸。これぞ映画の愉しみだと、まるでタランティーノからレクチャーを受けているような気分にさえなる。

唸るのはやはり万年筆という文房具のチョイスだ。つけペンから進化した万年筆は、映画で描かれるインク吸入式ものからカートリッジ式へと進化していったが、まさに第2次世界大戦後にボールペンが登場して普及し始めると、筆記具の王座から引きずり落とされてしまう。万年筆は手間がかかる。言い換えれば、時間を内包した筆記道具だ。今、時代のサイクルが再び万年筆を求めているのは、まさにその時間を愉しむためにある。今やボールペンも捨て、デジタルデバイスが現代の筆記具となって益々世界を慌ただしくしているからこそ、空白の時間を生み出す万年筆がゆとりの象徴として珍重されているのである。

万年筆がもたらす時間をタランティーノは見抜き、最高のキャスティングで最高のサスペンスシーンを作り上げた。ここにあるのは映画の本質であると同時に万年筆の本質でもあり、両者の愉悦そのものでもある。