森市文具概論

【ブンボーグ・メモリーズ’80s】ファクトリー

  • 2018年11月16日

文房具は、側にないと何の役にも立たない。
欲しいときにいつも手の届くところにある、というのが理想である。

安価な筆記具やメモ帳などであれば、自宅、鞄の中、職場のデスク、あるいは学校の個人ロッカーなど、複数の場所に配置しておく方法もあろう。
だが、筆記具や紙ではない、その他の文房具ではどうだろう。
あったら便利なのは判っているが、いつ使うか判らないものを複数所持したりあっちこっちに配置したりするのは、心理的にも金銭的にも厳しい。
また、そういったそれなりの嵩のある文房具を複数持ち歩くのにも、限度がある。
そういうニーズがあるから、持ち運びのためのコンパクトな文房具が生まれてくるのだろう。

しかし持ち運びに便利な文房具は携帯性をあげるため、通常のものより小さかったり軽量だったり使用範囲が狭かったりパワー不足だったりする。
結果として、エマージェンシーでは助かるかもしれないが、持ち運びに特化した文房具は常用のそれを脅かす地位にまでは登り詰めることができない。

とはいえ、その枷を打ち破る文房具もかつては存在していた。
今回は、わたしがこの人生で一番便利だったと思う文房具の話をしたい。
その名はファクトリー。メーカーは、あのチームデミを生み出したプラスである。

時は1986年。
「コンパクト文房具セットブーム」という社会現象まで引き起こしたチームデミ発売から、わずか2年。プラスは次の手を打って出る。
チームデミは、オフィスでOLが事務仕事で使うという設定の、小さな文房具をスチロールのスポンジケースに詰め込んだキットだった。
そのひとつひとつの文房具はコンパクトでありながら実用性を損なわない優れたものばかりだったが、男性の手にはやはり小さく、使い勝手がいいとは言いがたかった。
女性のオフィスワーカーが使う文房具がチームデミだとするのなら、男性のオフィスワーカーが使う文房具とはどんなものか。

プラスはデスクワークを行う女性に対し、男性はノンデスクワーカーを想定してきた。
1980年代後半の男性の仕事は、デスクに向かっているとは限らない。営業なら外回りがあるし、現場に出れば机があるとは限らない。移動中の電車内、またはちょっと寄った喫茶店での簡単な作業も想定できる。あるいは出張先でも、さらに言えば駐在先でも──。
ありとあらゆる職業が、机に向かっているわけではないのだ。しかし、事務や作業が発生する場所には必ず何らかの文房具が登場し、その知的生産をサポートすることになる。ならば、机に常備されていると便利な文房具を、使い勝手を極力変えずコンパクトに持ち運ぶようにすればいい。
プラスは、チームデミのコンセプトとは逆方向の製品を世に提案した。
合体ではなく、変形だ。
それが「ひとつのボディに複数の文房具の機能を内蔵した」ファクトリーという名の複合文房具だったのだ。

翌、1987年。
わたしは晴れて東京の大学生として生活を開始していた。
学生寮と大学を往復するだけの毎日だったが、サークル活動の時間で困ることがあった。
自室であればどうということのない作業が、サークル活動を行う学生ホールでは困難を極めたのだ。
多くの大学は公認サークルであれば部室を有し、そこに活動に必要な道具──文房具を含む──を常備しておくことが可能だと聞いたことがある。だが、わたしの通っていた大学はサークルの部室というがなく、本館一階の学生ホールにある長机が「たまり場」となっていた。
小説や漫画をオリジナルで書き、コピー誌に編むことを主な活動としていた我々は、こと文房具に関しては作業のたびに誰から自宅から道具を持って来ざるを得なかったのだ。
そして、そういった作業とは別に、わたしの日常にもその「文房具がなくて困る問題」は頻発していた。

例えば、学生ホールで読んでいた漫画雑誌にアンケート葉書が挟まっているが、切り取るための刃物がなかったり。
あるいは、学生ホールに展示ポスターを貼り出すが、画鋲がうまく取れなかったり。
他にも、寮に届いていた封書を読む暇なく鞄に放り込んで大学に来てしまったり。
ペンケースに入れている15センチ定規より遥かに長いものの長さを測りたくなったり。
コピーしてきたレジュメを配りたいのだが、複数ページを綴じる必要があったり。
教科書やノートが永年の酷使で破れてしまったり。
システム手帳のリフィルサイズに作ったオリジナルの用紙をコピー用紙から切り出し、いざ穴を開けようと思ったら専用パンチがないことを思い出したり。
これらの「あの文房具があればすべて解決するのに!」的ピンチを、ファクトリーはたったひとつで解決してしまうのだ。

さらに、メンディングテープを収納する基部に蓋があり、開けるとそこが筒状の小物入れになっているのだが、わたしが100円玉を「命玉(いのちだま)」と呼び収納するそここそが、日々の生命線だった。いざと言うときのための、最後の武器。最大で5枚入るのだが、ぎゅっと詰めてしまうと蓋の基部と干渉してしまい、ラスト1枚は何をどうやっても取り出せなくなる。悔しい思いをしたことが、まるで昨日の出来事のようだ。

ファクトリーほど、大学時代にわたしの役に立った文房具はなかった。
常に上着のポケットに忍ばせていた。
分厚く持重りのするボディなので、上着のある時期はよかったが、シャツだけの真夏は仕方なく鞄に放り込んでいた。
消耗するのはメンディングテープだけだったが、ファクトリーは専用の替えテープが発売されていた。これだけは頻繁に買って替えた。
わたしは近眼のため近距離はよく見えたからフレネルレンズのルーペを使うことはなかったが、ルーペパーツは実は簡易的な直定規にもなっていた。ちょうど6センチの長さで、レンズ裏側には0.5センチ刻みの印もついていた。
実はホッチキスを押さえ込むパーツが弱く、ここが外れてホッチキスがぶらんと出てきてしまうことがよくあった。
はさみは特に漫研の女性たちに人気で、握りばさみの形状がたいへん受けていたことを思い出す。なにか切ろうとするたびに「ねえ、はさみはさみ!」と女性陣にねだられ、得意げにファクトリーを出していたヤング他故壁氏は、要するに単なる便利屋だったのではないだろうか。

わたしのファクトリーは3年間の酷使で壊れ、天寿を全うした。
その時すでにわたしは社会人となっており、会社には自分のデスクがあり、営業に出かけるときもアタッシュケースに必要な文房具を詰めて持てる環境になっていた。仮にファクトリーが現役で使用可能だったとしても、その出番はなくなっていたのだ。

2000年に「旅行文具」として新しく設計されたファクトリーが登場した。懐かしさもあってすぐさま購入したが、使用頻度も高くなかったのに精密ドライバーの蓋部分が壊れてドライバー2本を紛失し、そのまま現役を引退した。
ファクトリーは80年代末のわたしにとってなくてはならない文房具だったが、今はその活躍の場を与えてあげられそうもない。
ただ──もしまた復活することがあるとしたら、握りばさみとテープカッターだけは内蔵して欲しい。そのふたつがないとファクトリーと呼べない、呼びたくないと個人的には思っている。
またいつか会おう、戦友よ!