セロテープが欲しい、と思った瞬間に、テープが手許にあった例しがない。
大学時代に所属していた推理SF研究会というサークルは、日頃は創作小説を書いて会誌を編み、学祭に向けては8ミリフィルムで自主映画を撮るという実に忙しい集団だった。
当時のSF研は2ヶ月に一度、コピー誌を発行していた。
創作小説オンリーの同人誌である。
まだ手書きとワープロ原稿が混在していた時代、B5判で2段組されたレイアウトの紙面で、平均して50ページから80ページの冊子を隔月刊で生み出していたのである。
わたしの通った大学は、サークル用の部室がなかった。SF研は、編集作業そのものを学生ホールの机上で行った。
10名ほどが一気に座ることのできる大きなテーブルを囲み、寄せられた原稿をそこで編集するのだ。
基本はB5判のコピー用箋を使用する。ワープロ印字の場合は熱転写用紙で入稿されるが、感熱紙は御法度だった。イラストやロゴ、ノンブルをのりで貼り込む必要があるからだ。
編集に必要な文房具は、号ごとに交代で編集長となった部員の持ち寄りだった記憶がある。足りないものは近所の文房具店に買いに行くが、当時から文房具マニアで通っていたわたしの私物を頼られることもしばしばだった。
戸惑うのは面付けだった。
B5判の用紙を2枚並べ、B4で両面コピーを行う。裏と表のページの連続性を理解しておかないと、できあがった本が乱丁になってしまう。簡単な台割りを作り、順序を確認しながら二枚を裏側からセロテープで留めていく。
しかし、どんなに慎重に進めていても、やはり左右を間違えてしまうことがあった。
作業のための文房具は学生ホールに持ち込んでいるが、コピーセンターに入ってしまうと手元にそういった文房具はない。貼ってあったテープをはがして再利用したくてもうまく剥がせず、苦労して取り外しても二度と貼りついてくれないこともあった。
編集作業に限らず、セロテープを持ち歩けたらいいのに、といつも思っていた。
当時、小巻のセロテープには、テープ本体に巻きつけるブリキのミニカッターが付属していた。便利ではあったが、裸で持ち歩けば金属のギザ刃でけがをするし、かといって小巻テープの入っていた箱には持ち歩きに相応しい強度はなかった。
スタイリッシュで、常に持ち歩けて、使い勝手のいいセロテープはないものか……そう思いながら文房具店の店頭を眺めていたある日、わたしの目に夢のような製品が飛び込んできた。
ニチバンのセロテープ「CTくるり」である。
テープパーツを一回転させると一定の長さのテープが発生すること、カッター部分がプラスチックでけがの心配がないこと、そして何より薄型で携帯に便利であること。テープの粘着面露出が最小限で、埃に強いことも特徴だった。
あらゆる意味で、わたしが待ち望んでいたセロテープだった。
これでセロテープの常時携帯が可能になる! 喜び勇んで購入し、学生時代はほぼポケットに入れたままで過ごすほど好きな製品となった。
「セロテープない?」と訊く友人がいれば、すぐさま「ほら」とジャケットからCTくるりを取り出してみせる。
左手でボディをつまみ、かなり扁平な楕円に潰されたテープ本体を右手で押すと、テープパーツがくるりと回ってテープの端が浮く。
浮いた端を持って、今度はテープパーツを逆回転。これで一回分の長さが繰り出される。必要があれば、もう一回転だ。テープを伸ばすたびに、テープパーツはパタパタと回転を繰り返す。何度でも、お気に召すまま気の向くままのパタパタママである。
その当時にはなかった言葉ではあるが、たぶんわたしはドヤ顔をしていたのだろう。友人はただ黙って、切り取られたテープを受け取り作業に戻った。
そういえば、幾度となく取り出して使っていたはずなのに、「便利だな」とか「かっこいいね」と言った友人はひとりもいなかった。なぜだ。ドヤ顔がいけなかったのか。
CTくるりは会誌の編集に活かされたのはもちろん、ちょっとした掲示物の貼り出しや破れた教科書の修理、封緘作業にも便利だった。中でもシステム手帳のオリジナルリフィルを作る際、パンチ穴を強化するためにセロテープを貼ってからパンチで穴を開ける作業において、日常でも目立った活躍を見せてくれた。
替えテープがなくなり、補充が効かなくなって、残念ながら本製品は小生の手許から消えていくことになる。
今でもセロテープを携帯したいと思うことはあるが、残念ながら後継となる製品が存在しない。小巻収納カッターという、埃が入らないケースタイプのものはあるが、CTくるりの携帯性能には遠く及ばない。
実に惜しいことだと思う。何らかの機会に復活してくれないものか。別に今さら「カードサイズです!」などと強引に謳わなくてもいいので。