便利そうだ、良さそうだ、役に立ちそうだ。
そういう直感に頼って、色々な文房具を購入してきた。
成功例もあるし、もちろん失敗例もある。
例えば、こんな具合に。

最初に使ったシステム手帳は、ビニール製だった。一年ほどで端が擦り切れたが、バイブルサイズの母艦としてその後も永年わたしにつき合ってくれた心強い存在だった。
並行して使用していた2代目は、革製スリムバインダーだった。スーツの内ポケットにも入る薄型バイブルサイズで、ショルダーホルスター型の脇下吊りボディバッグに入れていつも持ち歩いていた。
3代目は、社会人になってしばらくしてから購入した。さすがに大学時代から使い続けてきたぼろぼろのビニールカバーが恥ずかしくなってきたからだ。
メーカーは京セラ。
名をリファロと言う。

 

この記事の読者層は、「京セラ」と聞いて何を連想するだろう。
21世紀の京セラのイメージは「セラミック」と「半導体」、「携帯電話」と「複写機」あたりだろうか。文房具とは縁遠く見えるかもしれない。
だが、京セラは文房具も作っているのだ。
セラミックをボールに使ったセラミックボールペンやセラミックカッターなど、京セラならではのセラミック文房具が今でも入手可能である。
また、半導体や電子機器の技術を応用したものもある。今回紹介するリファロは、中でも悪魔合体的な様相を呈した、バブル期ならではのチャレンジ製品である。

リファロはバイブルサイズの6穴バインダーでありながら、電子手帳であり、電子手帳を超えた小型パソコンでもあった。CPUだけ見れば、ほぼ同時期に市場に出たノートパソコン・98NOTE(V30/10MHz)と変わりない性能を持っていたことになる。
ここでいう電子手帳とは、液晶画面を持ち、内部メモリに電話帳や住所録、簡易メモを保存でき、別売りのメモリーカードを購入することによって地図や辞書といった情報を閲覧できるハンディな電子機器を指す。
リファロを開くと、左側に液晶パネルが出てくる。タッチペンで入力ができ、ひらがなを書くと漢字に変換してくれる。表示は横書きだけでなく縦書きにも対応しており、メモリーカードによる拡充で単なるリーダー機能だけではなく、情報を加工したりそれをRS232Cケーブルでパソコンに流し込むなどの編集作業も可能になるはずだった。

できることが多い分、リファロはガワも大きかった。「バイブルサイズの6穴バインダー」だと前述したが、実際に触れてみると「電子手帳2枚でリフィルを挟んで持ち歩いている」ような代物だ。
外装は樹脂だし表紙は前後どちらも分厚いし、そもそも本体だけで650グラムもある。落下させたらヒンジか表紙の合わせ目かバインダー金具の解放ラッチのどれかが間違いなく壊れるだろう、と思いながら持ち歩いていた。
バインダー金具の直径は一般的なシステム手帳に近いものだったが、いかんせん表紙部分が湾曲しないので、干渉しない程度にしかリフィルを挟むことができない。
そもそも、リフィルに書くためのペンを挟むパーツがない。市販リフィルでこれを拡充しようとしても、今度は閉じた時に飛び出してしまってぶらぶらするし、外部にバンドパーツがないのでたいへん締まりが悪かった。

そういう意味では、リファロはシステム手帳ではなかった。
少なくとも、わたしの希望するもの──リフィルとアクセサリ──はほとんど入らないのだ。
じゃあなぜ買った、と問われれば。
購入当時も、こう答えていた。
「だって、便利そうだと思ったんだもん」
最初は会社でも取引先でもかなり珍しがられ、電子手帳部分を見せびらかしもした。
だが、大抵の人は説明すると「あー」と言って、それ以上は聞いてこなかった。わたしも使いこなすどころか、最終的には電卓機能ぐらいしか使っていなかったので、この製品に限っては大したドヤ顔もできなかった。
そして間もなくして、わたしはリファロを落下させ、壊してしまう。
ばらばらとまでは行かなかったが、外装は歪み、角は欠け、電池蓋は弾け飛び、緑の液晶は紫色に染まった。
それを機にまたバインダーを買い換えるのだが──よせばいいのに、次に買ったのは両表紙が分厚いウォールナットの一枚板でできたバインダーだった。
リファロよりは軽かったが、やっぱり落として木の表紙を割った。こっちは真っ二つになった。
それ以降、わたしはバイブルサイズから遠ざかり、メイン手帳を6穴のA5サイズに移行させていくことになる。

80年代半ばから90年代前半──こういった時代の徒花みたいな製品がやたらと生まれては消えていった。
もう、こういう無茶なチャレンジ製品は生まれてこないかもしれない。
正直なところ、わたしのように、リファロを「システム手帳として」使っていたひとってどのくらいいるのだろうか。
そして、その人は幸せだったのだろうか。
──わたしですか?
いい思い出ですよ。ええ。本当に。