書くことは楽しい。
自らの手から筆記具によって生み出される、わたしだけのオリジナリティ。
字もそうだし、絵もそうである。
そしてそこに寄り添う、時代時代の相棒たる筆記具たち。
その時代での筆記具たちの活躍を、意外なほどこの手が憶えている。
あのシーンではあの筆記具、このシーンではこの筆記具──。
ただ、わたしはひとつだけ、大きな勘違いをしていた。

セーラー万年筆の「まんがペン」は、1982年の発売だった。
わたしは永い間、このまんがペンを「小学生の時に愛用していた」と思い込んでいた。
だが、実家に帰り、発掘された当時のまんがペンをじっくり見てみると──ボディに刻印(空押し)がある。
なんと、製造年月日が82年11月なのだ。
1982年といえば、わたしは高校一年生である。
高校一年生男子が、児童向け・ファンシー文具に分類される70円のペンを買うだろうか。
──いや、買ったからこそ、ここに現物があるわけだが。

いまGoogleで「まんがペン」を検索すると、過去にToolsで販売されていたまんがペンが出てくる。デスクペンに極黒スペアインクを入れて使う製品だ。
同じセーラー万年筆の製品ではあるが、今回のまんがペンはそれではない。
要はプラチップのカラーペンである。ミリペンほどの精度はないが、0.5ミリ前後の幅で線が引ける。かりかりとした書き心地で、力を加えると割れそうな硬さのペン先だ。
全長は115ミリ、直径は8ミリ。細くて短い、かわいらしいペンである。
ググってもまったく資料が出てこないので、カラーバリエーションが判らない。手元にはピンクとオレンジと青のインクのものがある。黒や赤もあったのではないかと想像しているが(黒がなくて何が「まんがペン」か!)、残念ながら詳細は不明である。

これは漫画をバリバリ描くペンではなく、あくまで漫画という言葉に憧れる小学生が数本買ってカラーでお絵かきを楽しむ、そういうコンセプトのペンだと思う。

ではなぜ、わたしはそういうペンを高校生の身でありながら買ったのであろうか。
ここで記憶の混乱が真相解明の邪魔をする。
記憶の中のわたしは小学生で、趣味のノート漫画にこのまんがペンを使っている。ただ、カラーには興味がないようで、使っているのは黒(あるいは青)だけだ。
そもそもカラーセンスが欠落している人間なので、だから本連載でもイラストはモノクロなのだが、それはいったん措いておいて。
手元にあるまんがペンは前述通り、ピンク、オレンジ、青。
高校一年生のころ描いていたノート漫画は完全に黒一色、シャープペンシルのみで描かれている。
シャープペンで下書きをし、ペン入れをして下書きを消す、などという高度な作画はまだ行っていない時期だった。
では、このまんがペンはいつ、どこで使用されたのか──?

疑問はのちに氷解した。
まんがペン発掘時に、数冊のノートやルーズリーフも合わせて発掘されたのだ。
漫画を描いたノートではない。当時の学習の痕跡だ。
それを見て、わたしの記憶が大いに間違っていたことを確認する。
わたしはこのまんがペンを、漫画を描くために買ったのではない。
教科書やノートにカラーのアンダーラインを引くために買ったのだ。
まんがペンで絵を描く少年他故壁氏はまったくの妄想であり、おそらくどこかで捏造された記憶であろう。
たぶん、わたしはまんがペンの黒や赤を買っていないのだろう。存在していたとしても、黒ではアンダーラインに相応しくないし、赤はピンクで代用できるからだ。
そして、おそらくわたしはまんがペンを学校に持ち込んでいない。
授業で使うのではなく、帰宅後の学習あるいは塾での使用にとどめておいたのではないかと想像する。だから高校での授業に記憶が直結せず、自宅でノートに書く=漫画をノートに描く、という記憶の曲解が生まれたのだろう。
まんがペンはわたしのとって漫画の友ではなく、むしろ学習の友、受験の友だったのだ。

大学一年のとき、戯れで応募した雑誌のイラストコンテストで佳作(雑誌の表記上は「その他」だった)に入選したことがある。その際に出版社から送られて来た景品が、まんがペン蛍光ペンタイプだった。
蛍光ペンのインクで蛍光ペンのくさび形チップを持つこのペンを「まんがペン」と呼んでいいのかどうかは判らないが、本体に書いてあるのだから仕方がない。
だが、まんがペン蛍光ペンは実家にしまわれたまま使用されず、21世紀を迎えることとなる。
受験勉強をしていた時期とは異なり、ノートや教科書にアンダーラインを引く機会は激減していたのだ。

いまでも、ややかすれ気味ながら、まんがペンたちは現役で使用可能である。
日本の技術は驚くほどだ。
まんがペンを使ってみると、昭和のころの空気を思い出す。にせの記憶かもしれないが、その記憶の中での少年他故壁氏は、実ににこやかな笑顔で絵を描き続けている。
平成の、そして次の世代の少年少女たちにも、こういったペンで気軽に絵を描いたり字を書いたりして欲しいと、切に願う。
まんがペンの「まんが」が──手から生み出される手書きの力が、消えてなくならないように願うのみである。